●佐野 剛志(Takeshi Sano)さん
埼玉県出身。国際基督教大学を卒業後、ブリスベンのクイーンズランド大学大学院で国際関係学を学ぶ(修士課程修了)。外交・国際関係専門のシンクタンクである公益財団法人日本国際フォーラムでの勤務を経て、株式会社証券保管振替機構、EYアドバイザリー・アンド・コンサルティング株式会社、香港上海銀行にて金融領域を軸に働く。現在は日系大手信託銀行のコンプライアンス部門所属。
海外展開で重要なコンプライアンスの整備
―現在のお仕事について教えてください
日系信託銀行のコンプライアンス部門で働いています。現在は国内向けの対応が中心ですが、海外関連の業務に関わることもあります。
ーコンプライアンス部門と海外の関わりとは?
主に、海外支店や海外グループ企業のコンプライアンスに関する仕事ですね。弊社では、事業拡大に向けて海外展開が進んでいます。そのなかで重要な事項のひとつがコンプライアンスの整備です。
海外の企業を買収すると、親会社である日本のやり方を適用することも必要です。その一方で、日本とは法律が違ったり、現地には現地のやり方があったりします。そうすると「どこまで現地に導入するか?」を検討することが重要になります。
ー日本と海外の間で調整が必要なのですね。もともとそうした役割に関心があったのですか?
そうですね…高校時代は国際連合(国連)で働くことに興味を持っていました。当時国連職員の輩出者が多いと言われていた国際基督教大学(ICU)へ入学し、卒業後はオーストラリアのブリスベンにあるクイーンズランド大学大学院で国際関係学を学びました。
国際関係学に興味をもったきっかけは、中学2年生のときに参加した、YMCA主催のアメリカへのスタディツアーでした。
参加者のなかに、日本在住の韓国人の子がいて。家族の仕事の関係で世界を転々としており、私とは日本語、滞在先のアメリカでは英語、経由地の韓国では韓国語で流暢に会話し、さらに他の国の言葉も話せるようでした。
「こんな人がいる韓国は、どんな場所なのだろう?」と思い調べるうちに、日韓関係などの歴史に触れ、次第に国同士の関係に興味を持つようになりました。
クイーンズランド大学大学院で国際関係学を学ぶ
ー大学院留学のきっかけを教えてください
学部時代から留学したい気持ちはありましたが、大学生活が充実していて多忙だったこともあり機会がなく、大学院留学を考えました。
ICU卒業生には大学院への進学者が多く、また海外へ進学する人も多かったため、大学院留学は自然な選択肢でした。
オーストラリアには、大学1年生のときに語学研修で1ヶ月半ほど滞在したことがありました。その際のフレンドリーでリラックスした雰囲気に居心地の良さを感じて、また戻りたいと思っていました。
ー留学先としてクイーンズランド大学大学院を選んだ理由は?
当時ICUとクイーンズランド大学が提携していて、クイーンズランド大学へ交換留学した友人から話を聞いて興味を持ちました。
さらに、ICUとクイーンズランド大学にロータリー平和センター(世界平和や紛争解決に向けた人材育成を目的として、ロータリーによって世界7か所の大学に置かれている)がある関係で、クイーンズランド大学の教授がICUへ来る機会もありました。その教授が著名な方で「この先生の下で勉強したい」と思ったことも決め手でした。
ー実際にクイーンズランド大学大学院へ留学してみて、いかがでしたか?
現地の学生だけでなく、留学生も多くて、世界中から集まった学生たちと過ごす日々はとても刺激的でした。
学部の時に英語で授業を受けたり、専門用語を日英両語で教わる機会があったりしたため、授業自体の違和感はなかったです。
また海外の大学は課題の量が多いと言われますが、学部で同程度にこなす授業もあったので「ICUでやっていて良かったな」と思いました。
一方で日本との違いを感じた部分は「クイーンズランド大学大学院のディスカッションでは、学生がすごく喋る」ことでしょうか。
日本人は議論の流れを汲んで発言しようとしがちなのですが、周りの学生は議論の流れを気にせず自分が言いたいことを発言しているので、タイミングを見計らおうとすると議論の中心が別の話題に移っていて、発言の機会を逃してしまう…ということがありました。
英語力の問題もあったとは思いますが、それ以上に「とりあえず喋る」という部分もあると感じました。
シンクタンク勤務後、専門性を身に付けるため金融業界へ
ー就職活動はどのように取り組みましたか?
クイーンズランド大学大学院修士課程を修了後、日本へ帰国してから就職先を探しはじめました。
専攻を活かせる仕事としてシンクタンクを考えていたところ、たまたま公益財団法人日本国際フォーラムの求人を見つけて新卒入社。
各国のシンクタンク所属の研究者を集めて国際会議を開催したり、そうした研究会などでの専門家の方などの発言内容を資料にまとめたりする仕事でした。
政策にも関わる最先端の話に触れることができて面白かったです。ただ、事務局としての裏方の仕事が中心だったこともあり、もともと関心のあったアジアの地域協力や地域統合などの国際関係の分野に、自分も専門家として携わりたい気持ちが強くなっていきました。
そのためには専門性が必要だと考えるなかで、株式会社証券保管振替機構(ほふり)へ転職し、金融業界に足を踏み入れました。
「ほふり」は、株式や社債などの有価証券の決済(受け渡し)を行う機関です。株式は東京証券取引所で売買するイメージがあると思いますが、そこで行われている取引とは売買契約。契約後に実際に株式の決済を行う場所が「ほふり」です。
ー金融領域を軸としたキャリアのスタートですね!海外との関わり方は?
「ほふり」のような機関は各国にあるので、海外と情報交換や連携をすることがあります。たとえば、他の先進国の制度を日本へ導入したり、逆に途上国などが新たな制度を作る際に日本の制度を参考にしたり。
また、今は国境を跨いだ証券取引が当たり前になっていて、日本株式の取引の約7割は外国人投資家によるものと言われています。そこで、「ほふり」として、海外の関係者と議論や調整を行う必要があるケースがあります。
このため、私もグローバルなプロジェクトに関わる機会がありました。そのひとつが、国際金融取引で使われるメッセージ規格の標準化プロジェクトです。
たとえば送金や証券取引を行う際、金融機関同士で、日付、金額、証券銘柄、証券の数量、相手方などの情報を伝送しているのですが、このとき、送信側と受信側の間で共通のメッセージ規格が必要です。
「ほふり」は、かつて国内独自の規格を使用していました。ただ、そうすると海外→日本の金融機関→ほふりへ証券取引の情報を送る際、日本の金融機関は、海外から国際規格でメッセージを受信したあと、ほふりに送るために日本の規格へ変換する手間がかかります。
その手間を省いて効率化やコスト削減に繋げるため、世界的に新しい国際規格の策定に向けての議論が始まるタイミングで、日本の規格を国際規格に合わせるプロジェクトが発足し、海外機関との調整など、貴重な経験を積みました。
ー日本の仕組みづくりに立ち上げから携わられたのですね!
はい。このほかにも、日本銀行へ出向し各種企画案件を経験する機会などに恵まれました。
コンサル、外資系銀行を経て現職へ
こうした企画系の仕事の幅を広げるため、社内異動のタイミングでEYアドバイザリー・アンド・コンサルティング株式会社へ転職。ここで金融機関の業務改善コンサルティングチームで管理職の経験を積んだ後、グローバルな金融機関側で働きたいという思いから香港上海銀行(HSBC)へ転職しました。
HSBCで主に関わったのは「カストディ」というサービスです。海外在住の投資家が日本へ投資する際、HSBCのような金融機関が日本の代理人として決済、利払いや配当金の受領、株主総会での議決権行使などを行います。これをカストディといいます。
私の業務は、海外顧客からの各種の問い合わせ・相談やトラブルの原因調査、改善策の検討など。この際、顧客へ日本の仕組みを説明することもありました。
また、デューデリジェンス(海外顧客が金融機関に対し、日本における代理人としての適切性などを検証すること)の際、顧客に日本の最新動向を説明する仕事などもありました。
ーまさに金融×日本と海外をつなぐ窓口ですね!
はい。ただ外資系企業の場合、海外の本社で決まったことが各支店へ展開されるため、日本の権限が限られる部分もあると感じました。そこで、グローバル展開している金融機関の本部の企画業務に携わる機会を求めて、今働いている企業への入社に至りました。
ーこれまでの転職活動はどのように進めましたか?
主にエージェントを利用しました。大手や金融特化型など複数社に登録し、必要だと感じたタイミングで活用させていただきました。
履歴書は英語・日本語を両方用意して、応募先に合わせて提出します。英語の面接があることも多く、今働いている会社も、日系企業ですが、一次面接の質疑応答が英語でした。
趣味のフランス語を活かして副業も!グローバルな企画を目指して
本業以外では、趣味で勉強してきたフランス語を活かして、観光ツアーガイドの副業もしています。ジョギングが好きなので、ジョギングで東京を回るツアーなども企画しました。
フランス語実践の機会になっているのはもちろん、勤務先の社内ポータルサイトで私の副業を取り上げてもらい、本業の社内でも反響がありました。
ー日系大手企業の、副業という新制度を活用するモデル社員として注目されているのですね
ありがとうございます。今後は海外拠点で働くことも視野に入れ、グローバルな企画にも携わっていきたいです。仕事で実力をつけながら、グローバル人材として経験を積めたらと思います。
日本でダイバーシティが求められる今、留学は無駄にならない
ー佐野さんにとって留学とは?
「出会いと再発見」かもしれないです。
まず「出会い」ですが、オーストラリア留学中は、多様なバックグラウンドを持った人たちとの出会いがありました。さまざまな国からの留学生も多く、それぞれにとって母語ではない「英語」という共通言語でコミュニケーションをとります。
こうした環境のなかで大事なのは、自分が完璧な英語を話せるかではなく、いかに周りとコミュニケーションをとれるかだと思います。たとえ英語ができても、日本のやり方が正解だと思ってしまうと…
ーうまくいかない、ということもあり得ますよね
はい。もちろん語学力は大事ですが、そうしたダイバーシティのなかで暮らす経験は、単純な英語力以上に大事だと思います。多民族国家であるオーストラリアに留学して正解だったなと思っています。
ー佐野さんのご経験や姿勢が、これまでの海外との窓口となるお仕事にもつながっているのかなと感じます
ありがとうございます。コミュニケーションをとる際、相手が自分とは違う人間であることを前提に臨めている点は、オーストラリア留学後も活きていると思います。
そして「出会い」と同時に、留学によって環境を大きく変えることにより、自分の「再発見」にもつながった気がします。
たとえば、私はオーストラリア留学時代、大学構内や街のなかで道を尋ねられることがあって。自分が「外国人」という特別な存在や「日本人」という括りではなく、一個人としてみられていることが居心地良く感じました。
日本で外国人に道を聞いたことはありませんでしたが、もしかすると彼らも日本語を話せるかもしれないし、日本に詳しいかもしれません。人種などは関係なく、わからなければ近くにいる人に聞けばいい、と実感した出来事でした。
オーストラリア留学は、このように誰もが個人として生きている環境のなかで、いろんな人に出会い、自分自身を見つめ直す良い機会だったと思います。
ー留学を考えている方にアドバイスをお願いします
踏み出す勇気が大事だと思います。
英語は大丈夫?本当にやっていける?などと思うかもしれません。たしかに英語はある程度勉強しておいたほうが良いでしょう。でも、他の留学生たちも決して完璧な英語を話すわけではありませんし、完璧に準備する必要はないと思います。
年齢を重ねて家族を背負ったりすると、自分1人では決められなくなることも。若いからこそ飛び込める部分もあるので、迷っているなら留学した方が良いですし、あとから何とでもなると思いますよ。
それに、日本の組織も昔のような新卒一辺倒ではありません。私が今働いている会社も、昔はほぼ新卒社員で構成されていたようですが、今は新規採用者のうちキャリア採用が半分ほど。
ダイバーシティの需要とともに日本企業にもいろんなバックグラウンドの人が求められています。この傾向は世界のどこで働くとしても同じだと思います。だからこそ留学の経験は、役に立つことはあっても無駄にならないはずです。
取材後記
いつでも物腰柔らかく丁寧に接してくださる佐野さん。日々どんな相手にも目線を合わせ、耳を傾け、個人として向き合われているのではと思います。
こうした佐野さんのお人柄から「誰もが個人として生きるオーストラリア」での留学経験に通じるものを感じるとともに、「日本と海外の橋渡し」というお仕事において大切な姿勢を学んだ気がしました。
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