●池田 裕美(Hiromi Ikeda)さん
広島県出身。独立行政法人 国際交流基金で勤務後、難民支援の道を志しメルボルン大学院へ留学、ソーシャルワークを学ぶ。スーダンやジンバブエでの駐在を経て、現在はウクライナの緊急支援に尽力する。

ウクライナの緊急支援に関する、さまざまな事業の立ち上げやマネジメント


―現在のお仕事について教えてください
これまでにスーダンやジンバブエでの国際協力を経験しました。現在はウクライナの緊急支援に携わっています。

2022年ロシアのウクライナ全面侵攻に伴い、ウクライナ国内外でさまざまな支援が必要になっています。

私は日本の支援団体に所属しながら、他の団体と提携して、ウクライナ国内で弱い立場に置かれている人々や周辺国へ避難したウクライナ難民の支援を行っています。

具体的には、難民や戦争被災者の心のケアや教育支援、物資配布、現金給付、給水設備の復旧といったインフラ支援など。

緊急支援では、短期間でさまざまなプロジェクトを行う必要があり、同時並行でいろいろな事業を立ち上げて推進しています。

国際連合(以下、国連)のレポートやヒアリングなどをもとに新たな事業を検討する「ニーズ調査」からはじまり、支援を申請して、承認が下りたあとは、事業に必要な全ての業務を担当します。

たとえば、支援内容や方法についての現地協力団体とのすり合わせ、契約書作成、事業資金の送金、その後に計画通り事業が行われているかを確認するためのモニタリング、事業終了後の評価、会計・事業報告の作成などです。

今の仕事では、現場との距離が比較的近いです。

子どもたちの心のケアに関する支援事業では、まず私たちが外部専門家の研修を受け、学んだ手法を現地ファシリテーターに伝えて、子どもたちへのワークショップを実施してもらいました。

事業実施だけでなく、現地スタッフの採用やトレーニング、スーパービジョンも私たちの仕事です。


―業務が多岐にわたりますね!
はい。事業全体のプロジェクトマネジメント業務が中心ですが、必要な仕事があれば何でもやるようなイメージです。

国連や欧米の人道支援団体はスタッフの専門領域が明確で、役割が分かれている傾向があると感じますが、日本の団体の場合は、1人がさまざまな分野を担当する印象がありますね。


―今のお仕事に興味を持ったきっかけは?
難民を専門にしたいと思ったのは大学に入ってからですが、今振り返ると、その前から世界に興味を持っていたのかもしれません。

たとえば、アフガニスタンで活動されていた方の伝記を読んだときのこと。

アフガニスタンと日本の社会や価値観の違いがあるなかで活動し、現地の人々からの信頼を得ていたことを知り、「私が日本で当たり前だと思ってきたことも、そうではないと感じる人がたくさんいる」と感じて、異なる文化への興味を持ちました。

中学生くらいになると、イスラム世界に対する情報の偏りなどにも違和感を抱きました。

アメリカの同時多発テロ事件以降、ニュースなどではイスラム教=悪のような伝え方が少なくない印象でした。

ニュースからイスラム社会の日常生活のことが全く伝わってこないことにもどかしさを覚え、「中東にも自分たちと同じような一般市民がたくさん生活しているはず。

いつか自分で行って、自分の目で直接見たり話したりしたい」と感じました。

このように異文化に興味を持ちつつ大学に進学し、難民問題や非正規滞在に関する授業やゼミ活動、難民支援のインターンシップなどを通して、将来の仕事として難民支援や人の移動に携わりたいと思うようになりました。

国際交流基金でのさまざまな経験が今に活きている

大学を卒業後は、国際文化交流の専門機関である独立行政法人 国際交流基金へ入職しました。

新卒で国際協力の仕事に就く手段が限られるなか、公的機関で国際的な仕事ができるのは面白そうだと思いました。

国際交流基金では、本部と海外事業の双方を経験し、調達や会計からプロジェクトマネジメント、現地行政や大使館との調整、現地スタッフの労務管理、契約管理まで多岐にわたる仕事を経験しました。

事業全体の流れを理解したり、政府関係者と交渉したりする機会もあり、当時の経験が今に活きていると感じることもよくあります。

国際協力の道を目指して、メルボルン大学院留学へ

国際交流基金での国際文化交流の仕事は楽しかったものの、いわゆる社会の脆弱層とより関わりたいという想いから、次のステップとして大学院留学を考えるようになりました。
―日本国内の大学院ではなく、大学院留学を考えた理由は?
国際協力の世界で就職するうえで、修士号を取ることと英語ができることが最低基準であることが大きいですね。各国の学費や入学条件などを比較し、オーストラリアののメルボルン大学院でソーシャルワークを専攻することを決めました。

メルボルンを選んだ理由は、インターン先として興味のある団体もあり、街全体として特に難民支援関係のサービスが充実している印象を受けたからです。


―国際関係学ではなく、ソーシャルワークを専攻した理由は?
学部時代のインターン先で、ソーシャルワーカーの方をサポートする役割を担っておりやりがいを感じたことと、キャリアの選択肢が広がると考えたからです。

ソーシャルワーカーとしてオーストラリアに残ったり、地域支援に関する経験を積んだりできる可能性もあり、国際協力以外のキャリアを選んだとしても就職につながりやすいと思いました。


―留学生活について教えてください
優秀な学生がたくさんいて、先生方からのサポートも手厚かったと感じます。

インタビュースキルの授業は、特に印象深いです。インタビューのロールプレイを通して、お互いの話し方や姿勢・ジェスチャーなどを批評し合うのですが…
ー外国人と英語でやりとりするとなると、大変そうです…
そうなんです!私にとっては、インタビュー開始前にクライアント役に基本的な必要事項を伝える段階がまずひとつのハードルで…!

とにかく緊張しましたが、この時に学んだことは、今でも思い出して、仕事でいろいろな立場の人と話すときに気を付けていますね。

たとえば、言葉の使い方。より包摂的で人を傷つけない表現に言い換えることや、場合によってはオープンエンドな質問で問いかけることなどを心掛けています。

また、通訳の方を介してインタビューする際、通訳の方に向かって質問するのではなく、その先のインタビュー対象の方に向かって話すことが大事だと学びました。通訳の方と一緒に仕事をする際、意識するようにしています。

留学の質を高めるうえで、生の英語に触れることが大切

ー留学までにやっておけば良かったと思うことはありますか?
もっと生の英語に触れる機会があると良かったなと思います。私は典型的な日本の英語教育を受けてきたので、読み書きは平均的な力がありますが、耳から学ぶことに苦手意識があります。

留学生でも英語が得意な子たちは、音楽やドラマなどで日常的に楽しく英語に触れてきていると感じました。

英語のこなれた表現だけでなく、映画や芸能などのネタを知っていないと、ホームパーティなどでも話の内容が分からなかったり、聞いていることに自信が持てないと、反応できなかったりします。

最低限の英語力だけで留学しても、生活したり講義についていったりするだけなら何とかなるでしょう。でも、留学の質を高めるには、事前にできることはなるべくやった方が良いのではないかと思います。

経験を積みながら、マイノリティや脆弱層の人々に関わっていきたい

―就職活動について教えてください
国際協力機構(JICA)の求人プラットフォームなどを活用しながら、少しでも難民支援やソーシャルワークに近い、国際協力の現場での駐在員の仕事を中心に探しました。

最初は、スーダンで村落部での開発事業支援に携わりました。その後、ジンバブエでの移民・帰還民支援を経て、今に至ります。


―これからやりたいことは?
これからも、マイノリティや脆弱層の人々に関わる仕事ができればいいなと思います。

国際協力の世界の中ではまだまだひよっこですし、当面は今のような仕事をしていきたいですが、キャリアのどこかでソーシャルワーカーとして働くことにも興味がありますね。

今の仕事は、プロジェクトやチームのマネジメントが中心である一方、ソーシャルワーカーのように実際に対人援助を経験することで、今の仕事により深く取り組めるのではないかと感じていて、両方できたら理想だなと思っています。

留学とは、夢のために必要なステップ

ー池田さんにとって、留学とは?
少し夢のない言い方にまってしまうかもしれませんが…

「やりたい仕事のための、必要最小限のステップ」でしょうか。

今のキャリアは、英語圏での居住経験があり、かつ修士号を持っていないと築けませんでしたし、これまでに就いた仕事の応募条件でも、修士号は必須でした。

国際協力の領域は特にそうなのかもしれませんが、大学で何を学び、どんな学位を持っているか、それが将来の方向性と合っているかを、すごく見られていると感じます。

たとえば、オーストラリア留学直後、あるインターンに応募したときのことです。

ソーシャルワークのポジションだったので、応募要件として、ソーシャルワーク関係の専攻の最終学年もしくは卒業資格を持っている必要がありました。

当時は応募基準に達しておらず、選考からは漏れてしまいましたが…

そのときは、私が大学で法学部を卒業していたことから法律関係のポジションを薦められました。私は法学士は持っていても法律を専攻したわけではなかったのでお断りしてソーシャルワークポジションの要件を満たせるまで待つことにしましたが、できること、やりたいことと学位のズレを修正していかないといけないと感じました。

グローバルでは特に、専攻と仕事内容の一貫性があると良いのではと思い、専攻を選ぶときに意識すると良いのかなと思います。


―留学を考えている方にアドバイスをお願いします
個人的には、進路について複数の選択肢を持っておくと良いのではと思います。

私自身、思い切った決断をしたり、周りから大胆だねと言われたりすることもありますが、代替案は常に複数考えていて。

留学はやはり大きな決断ですしリスクを負うものだと思いますが、プランAだけでなくプランBやCを持っておく方が、気持ちに余裕ができますし留学中に何に取り組めばいいのかより明確になるのではと思います。
―メルボルン大学院の専攻選びでも、キャリアの選択肢の広がりを考慮されていましたもんね!
一方で、思いがけず活きることもあると感じますね。

今の仕事でロシア語を使ったり、スピーチをしたりする機会があるのですが、実は社会人になりたての頃、趣味でロシア語を勉強していて、そのとき学んだことを活かせています。

勉強をはじめた当時は、まさかこのような仕事で使うことになるとは思っていませんでしたし、ロシアの情勢を思うと少し複雑な気持ちはあるものの、巡り合わせを感じますね。

気が向いて始めたことでも、回り回って役に立つこともあるのかもしれません。

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