●湯淺 知英(Tomohide Yuasa)さん
岐阜県出身。株式会社大林組の留学制度を利用してマッコーリー大学院でMBAを修了。卒業後は同社の先端技術企画部で働きながら、東京大学の共同研究員を務める。

建設業界のデジタル化を目指し、様々な先端プロジェクトに携わる


―現在のお仕事について教えてください
株式会社大林組(以下、大林組)の先端技術企画部という部署で働いています。

主な取り組みは、デジタルツインを活用し建設業の業務のやり方を変えるためのプロジェクトを率いることです。

デジタルツインとは、コンピューター上に現実世界のツイン(双子)になるデジタルな世界を作るという意味です。

デジタルツインにより、例えば建設現場をコンピューター上に完全に再現し、事前に何度でも施工のシミュレーションをすることができます。

また、建設現場は今でも紙のファイルや担当者の記憶に頼るなどアナログな部分が多く、他業界に比べて生産性が低いという課題があります。

しかし情報をデジタル化できれば、遠隔も含め必要な時に必要な情報にアクセスでき現場管理業務の大幅な削減が可能になると考えています。

こうしたデジタル技術を活用することで仕事を楽しく、そしてクリエイティブにすることを目指しています。

また、デジタルツインプロジェクトは、大林組と東京大学内に設置された「i-Constructionシステム学寄付講座」との共同研究でもあります。

この講座は、i-Construction(2016年度、国土交通省が建設現場の生産性向上に向けて打ち出したスローガン)を推進する最先端研究開発を実施するために産・官・学の各専門領域からなる20名ほどのメンバーで組成されています。

私は2019年12月より大林組の代表として参加させていただいており、今は共同研究員という立場でもあります。
―共同研究員として取り組むことは、会社で働くことに比べてどんな違いがありますか?
業界全体をより俯瞰できる点かと思います。共同研究員の立場でいるときは、会社とは別の組織の人間として業界全体をよりフラットな立場でみることができると思います。

また、普段は接することがない大学の教授陣や他社の実務担当者などと議論することで、幅広い考えなど得て、建設産業として真にあるべき姿を議論できるのも良い点です。


―異なる立場として学んだことを、双方の組織で活かせそうです
ありがとうございます、その通りです。

ちなみにデジタルツイン以外では、ブロックチェーンのプロジェクトにも関わっています。

ブロックチェーンというとビットコインなどの暗号(仮想)通貨のイメージが強いかもしれませんが、誕生から約10年で技術も大幅に進化し、現在では、元々の金融分野に留まらず幅広い非金融分野への実装が加速しています。

例えば、建設現場では、様々な規模・種類の会社が階層的に無数の契約を結んでおり、そのため毎月大量の契約数量の確認や支払い業務が発生しています。

ブロックチェーンにより、会社間でやり取りされる情報やそのプロセス自体を安全にシェアし手続きを自動化することで、面倒な確認作業等を一切なくし、業務の大幅な効率化ができると考えております。

さらに、昨今、1つの建物やインフラ構造部だけでなく、街全体を考える「スマートシティー」にも携わっており、面白い取り組みとしてエンタメ分野があります。

大林組ではオープンイノベーションの取り組みを強く進める一環として、昨年夏頃より、Plug&Play(米シリコンバレーに拠点がある世界最大規模のアクセラレータ兼ベンチャーキャピタル)が進めるスタートアップと大企業の協業プログラムに参画しています。

私はその中で大林組の代表者であるチャンピオン(2名のうちの1人)として活動して参りました。

2021年3月には、デジタルツインとe-sportsを掛け合わせた新しい構想を発表しました。

ゲームサービスを手掛けるスタートアップとコラボレーションし、大林組は事前に作成していた2025年大阪万博会場全体の詳細な3D都市モデルを提供。未完成の万博会場内でe-sportsを遊べるようにしました。

なお、主催者であるPlug&Playから「最も精⼒的にスタートアップとの協業に取り組んだ企業」として「Corporate Innovation Award」を受賞でき、その協業事例として、本プログラムの成果を世界に向け発表する機会も得ることができました。


―建設業界の幅広さと可能性を感じます!
ありがとうございます。今のような仕事は、全てオーストラリア留学後に関わるようになったものばかりです。

私は、もともと土木工学専攻で日本の大学院を卒業し、大林組に入社しました。

そして建設現場での監督業務と、本社での設計業務に携わったのち、会社の留学制度を利用してオーストラリアへMBA留学をしました。

会社の留学制度を利用して、マッコーリー大学院へMBA留学


―留学のきっかけを教えてください
「せっかく社内に制度があるなら留学しない手はない」と思いました。 また当時専攻の対象はMBAのみでしたが、日本の大学院生の頃からMBAに興味を持っていたこともあり応募を決意しました。

留学先は自分で決められるので、オーストラリア・シドニーにあるマッコーリー大学院を選びました。
―留学先としてオーストラリアを選んだ理由は?
MBAというと、一般的にはアメリカ留学のイメージがありますよね。私も最初はアメリカ留学を考えていて、実際にアメリカの大学院にも何校か受験し合格もいただきました。

ただ、ほとんどの社員がアメリカに留学しているのを知っていたので、「せっかくなら違う場所に留学した方が面白いんじゃないか?」と思い、気づいたときには、それまで何気なく併願していたオーストラリアの大学院を選んでいました。
―社内での差別化にもなりそうですね。オーストラリアの中でマッコーリー大学院を選んだ理由を教えてください
当時のFinancial TimesのMBAランキングで、マッコーリー大学院がオーストラリア国内で1位にランクインしていたからです。せっかくなら「1番上に行ってみよう」という気持ちで選びました。

授業にどう貢献するか?得意なタスクを追求して、自分の存在価値を発揮


―留学生活について教えてください
英語力はもちろん知識の面でも、最初はクラスに全く貢献できないところから始まりましたね…

MBAとなると、企業経営や投資銀行のバックグラウンドを持つクラスメイトなどもいて、授業で出てくる経済や会計の内容は知っていて当たり前。

夜中まで必死で勉強しました(笑)が、所詮土木業界出身である私は、MBAでは全くの素人・アウェイでした。

また多くの社会人からなるMBAのクラスは、教えてもらう場所というよりは、自ら事前に学習するのが当然です。

クラスでは、その情報や知識で議論を戦わせる場であり、何もしなければ誰からも興味を持ってもらえず、何も残せず終わる厳しい世界でもあります。

そのため「何が自分の存在価値で、どのように貢献すれば良いのか」ということを本当に真剣に考えました。


―湯淺さんはどんなところに自分の価値を見出しましたか?
例えば、ミーティングの前に予めできる限りの資料をまとめて準備し整える、会議中に発散しがちな会議の要点を適時整理して、みんなが合意しやすい方向性を提案してまとめるなど、いわば裏方的なことでしょうか。

そんなの日本ではやって当たり前じゃんと思われるかもしれませんが、意外と誰もやってくません(笑)

自分が役立つ場所は必ずどこかにはあり、そこに集中的に貢献することが大切だと思います。

逆にプレゼンテーションの発表などは、留学当初こそ誰よりも先に手を挙げていたものの、最適ではない場合などは、あえてやらないこともありました。

それは消極的ということではなく、自分の果たすべき役割や貢献できるポイントに自信ができたからかもしれません。
―全体を俯瞰して取捨選択することが大切なのだと感じます
その通りだと思います。こうしてMBA留学2年間をやりきったことは本当に自分の自信に繋がり、あの時の大変さに比べればと、どんな逆境にも耐えられると思えるようになりました。

北京大学への交換留学、世界の証券取引所ツアー。様々な海外経験で知見を得た

留学中は、オーストラリア以外の国で学ぶ機会もいくつかありました。

ひとつは、北京大学への2~3週の交換留学です。希望者の中から選抜されるプログラムで、マッコーリー大学院のカリキュラムの一環として単位も移行できます。

今や世界経済を語るうえで絶対外せない中国のことを、あまりにも知らなさ過ぎると感じていて、中枢ともいえる北京大学の中から、中国を知りたいと思いました。

なお、北京大学は人気の留学先で、オーストラリアの他、北米や南米、シンガポールなど世界中のMBA学生が集まって講義を受けました。


―北京大学での交換留学生活について教えてください
かなり綿密に組まれたスケジュールでした。北京、そしてサブキャンパスのある西安、上海の3都市を訪れ、大学の講義の受講や企業見学などを通して、中国経済の今を肌で感じることができました。

中国の法規制や商習慣なども学べました。その中で最も印象に残っているのは、中国人と日本人の親和性の高さです。

例えば、ある授業では、違法性のある事態に直面した際の対応を各国の学生同士で議論しました。アメリカの学生からは「まず法務部に連絡する」など規定通りの手順を直ちに踏もうとする主張が多かった一方で、中国や日本の学生は、身内をかばう、躊躇するような意見も出ました。

中国の学生ともすぐに仲良くなり、毎晩食事や飲みにも行きました。

こうした経験を通して、思考パターンともいえる根幹的な部分の親和性の高さに驚き、その時「私が仕事するなら中国人としたい」と心底思いました。

北京大学への交換留学のほかにも、世界の証券取引所をまわる「Raising Capital in Global Markets」というプログラムにも参加しました。

3週間で香港、ロンドン、ワシントン、シドニーの証券取引所などを訪問し、各国の株式市場の動向などの話を聞きました。

特に印象的だったのは香港です。香港は、中国本土への進出を目指す外国企業と、投資家などが集まります。チャイナマネーに引き寄せられる人々のやり取りは凄まじい熱気で、西洋と中国本土の仲介窓口としての香港の魅力を体感できました。
―オーストラリアの大学院に在籍しながら他の国のことを学ぶ機会が多いのは魅力的です!

「建設をイノベーティブな産業に」留学中から行動を続け、今の部署へ


―留学後のお仕事について教えてください
まずは留学前と同じ設計部に戻り、1年ほど働きました。

その後「建設でイノベーティブなことをしたい」という希望がかなう形で今の部署(先端技術企画部)に異動しました。

オーストラリア留学中、MBAに集中する一方で「日本に戻ったら何をすべきか」「建設業界で今やるべきことは何か」とずっと考えていました。その中で注目したのが、デジタル化によるイノベーションです。

そこで留学生活の後半は、ブロックチェーンやAIなどのMBA以外の野外授業に参加したり、独学で勉強したりしました。

また、マッコーリー大学は、MPID(Macquarie Park Innovation District、イノベーションを起こす会社が集まったシドニー郊外のビジネス街の中心)に位置していることもあり、スタートアップ企業の講演会などに参加できる機会も多数あったので、できる限り足を運びました。

留学後は、帰国してすぐにプログラミングの学習スクールに申し込み、約半年間、仕事が終わった夜や休日に勉強しました。

―そうした幅広い経験も、今のお仕事に繋がっているのですね。これからやりたいことを教えてください
今携わっているデジタルツインのプロジェクトを、大林組だけではなく、業界全体で取り組めるものにしていきたいですね。

私たちは「オープン領域」や「クローズ領域」と言っているのですが、オープンにできることはできり限り各社と共有する。そのうえで、クローズ領域でしっかり競争できればと思っています。

これを自ら率先して進めることで、建設業界全体のデジタル化・効率化を実現し、イノベーティブな産業に変えることに貢献できればと思います。

留学は、自分のやりたいことや役割を問う時間


―湯淺さんにとって留学とは?
自分の人生を振り返り、自分自身を見つめ直し考えられる時間だと思います。

私は、日本での大学生時代、そして入社以来、日々の勉強や仕事に忙しく余裕がありませんでしたが…オーストラリア留学中は、やっていたことが全てストップし、誰からも期待も指示もなくなります。つまり、社会から自分への「需要」はありません。

すると、自分の役割はなにか、世の中に対してどのように貢献していきたいかなどを自分で考えるようになります。誰も答えてくれないので、自分自身に問うことを繰り返します。

そして、留学後に帰国してもその「癖」が残ることが、留学の最大のメリットだと実感しています。
―先ほどのMBAでの貢献の仕方や、留学後のお仕事に通じるお話ですね。留学が活きていると感じることはありますか?
今思い返すと、留学前は会社から言われたことをこなしていたように感じます。もし留学してなかったら、そのまま惰性で働いていたかもしれません。

しかし今は「会社が決めた業務ではなく、自分のやりたいことを考えて成し遂げよう」と思うようになりました。

もちろん会社員という枠の中ではありますが、自分でやるべき仕事を設定し、それを支えてくれているのが会社という感覚です。

外から見れば同じ会社員ですが、見える景色は180度変わったような感覚です。いわば、どこにいてもマインドとして独立できている点が大きいと思います。

留学の価値は、行ったあとしか分からない


―留学しようか悩んでいる方にアドバイスをお願いします
少しでもチャンスがありそうなら、とにかく行った方が良いと思います。私自身、今振り返ると、留学は人生で最高の経験だったと言い切れます。

周りの人から、必ずしも留学を後押ししてくれる意見がもらえるとも限りません。でもそれは、当たり前のことです。あなたの周りのほとんどの人は、留学を体験したことがないからです。

留学の価値は、行った人が、行ったあとにしか分かりません。

自分の需要は自分で作る。留学も自分が行きたいかどうかを素直に考えて、ぜひ決めてみてください。

取材後記

オーストラリア留学中の自分との対話や行動を経て、建設業界の最先端を担う湯淺さん。
同じ会社や業界でも仕事に対する視点が変わるのは、社会人留学ならではの意義だと感じました。
またそれは、湯淺さんのようにカリキュラム外でも学びの機会を最大限に活用する中で見えてくるものだと思います。
湯淺さんのお話を通して、学び続ける力の偉大さを改めて感じました。

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