●西野 真歩(Maho Nishino)さん
大阪府出身。日本で看護師として働いたあと、ワーキングホリデーでシドニーへ。ブリスベンのクイーンズランド大学大学院で公衆衛生を学ぶ。現在は日系大手製薬メーカーで働く。
安全で効果のある薬が世に出るまで。製薬メーカーのPV職とは
―現在のお仕事について教えてください
製薬メーカーのファーマコビジランス(Pharmaco-Vigilance、以下PV)部門で、薬の安全性に関する仕事をしています。
まず、薬が販売されるまでの流れを説明しますね。
研究所が薬を開発すると、最初にマウスなどで実験します。その後人間による臨床実験で薬の効能などを確認し、国(厚生労働省)から承認されてはじめて販売できる仕組みです。
承認を得るには「薬が安全かつ既存の治療法よりも効果があること」を示す必要があります。そのために、臨床実験で発生した症状を報告書にまとめたり、データを解析したりするのが、PV部門の仕事です。
たとえば副作用が発生したのであれば、どのような場合に発生するのか、発生しないようにするにはどうすれば良いかなどを検討し、国へ報告します。
また、薬を購入すると、飲み方などが書かれた「添付文書」も入っていると思いますが、この添付文書にも、PV部門が集めて分析解析した情報が記載されています。
添付文書を元に医師が薬を処方するので、もし特定の飲み方で副作用が発生することなどがあれば、医療機関への報告が必要です。添付文書の内容の精査や改訂を検討する役割もあります。
仕事を通して毎日いろんなことを知ることができて、楽しいですね。
ー専門的なお仕事だと思いますが、薬学部ご出身とか…?
もともと日本の大学の看護学部を卒業後、病院の集中治療室で看護師として働いていました。その後、ブリスベンのクイーンズランド大学大学院で公衆衛生を学びました。
看護師を辞め、学生ビザ&ワーキングホリデーでシドニーへ
ー看護師を目指したきっかけを教えてください
高校生のとき、先生にすすめられました。
最初は教師になりたいと思っていましたが、高校の進路相談で、先生から教師の大変さなどを聞き、さらに看護師をすすめられて看護学部へ進学。卒業後は病院の集中治療室に配属されました。
ー集中治療室、大変そうなイメージがあります…
少しでも間違えると人の命に関わるような危険もあるので、厳しい現場でしたね。正直、配属後2日くらいで「無理…」と思いました(笑)
「自分は看護師に向いていないかもしれない」と感じていた部分もあり退職を決意。そして、これから何をしようか考えた時に浮かんだのが「海外に住んでみたい」ということでした。
留学エージェントなどに相談して情報を集めた結果、オーストラリアへ行くことに。オーストラリアを選んだ決め手は、学生ビザでアルバイトができること、日本との時差が少ないことでした。
一番大きな都市であるシドニーを選び、最初の半年は学生ビザで語学学校へ、そのあと1年間はワーキングホリデーで滞在しました。
アルバイト仲間からの一言で、大学院留学を決意
ーそのあとクイーンズランド大学大学院へ進学します。きっかけを教えてください
もともと大学院進学にも興味があり、看護師を辞めたあと日本の大学院も受験しました。
でも「大学院は学ぶところではなく研究するところ」と言われ、「大学院で、純粋に学んでみたい」と思っていた私はうまくいかず…
そんな話をシドニーのアルバイト先で何気なくしたところ「それなら、こっち(オーストラリア)の大学院に行けば?」と。オーストラリアの大学院は、研究だけではなく授業を受けられるコースもあるから、マッチしているのではないか、とのことでした。
そこから本気で大学院留学を検討するようになり、IELTSの模擬試験を受験。4ヶ月ほどで必要なスコアを取得できそうな兆しが見え、対策コースへ通いました。その後、ブリスベンにあるクイーンズランド大学大学院入学の目処が立ちました。
シドニーに残りたい気持ちはありましたが、学費やコースの関係でクイーンズランド大学大学院を選びました。
学費捻出のため一度帰国。PV職に出会う
ただ、そのまますぐには進学せず、学費を捻出するため一度帰国して日本で働くことにしました。
そのときに見つけたのが、製薬メーカーの委託先の仕事です。
ー今の製薬メーカーでのお仕事に関連するのでしょうか?
そうですね。製薬メーカーのPV部門が、業務の一部を外部へ委託することがあります。この委託先の求人をたまたま見つけました。
給与が良く、医療免許を持つ人歓迎で、日英での報告書作成業務で英語を使う機会もある。さらに業務委託契約なので、大学院留学のタイミングに合わせて働く期間も調整しやすくて。
ー西野さんの経歴や目的にぴったりです!
はい、最初は条件の良さで応募しました。それが、実際に働いてみると楽しくて!
大学院進学のため退職しましたが、この仕事を通して、大学院卒業後も製薬業界のPV部門で働きたいと思うようになりました。
日本で働きながら、クイーンズランド大学院で公衆衛生を学ぶ
ーいよいよクイーンズランド大学院での学生生活がはじまります
はい。ただ、入学したタイミングでちょうど新型コロナウイルスの感染が拡大。国境も閉鎖されていたため、授業は日本からフルリモートで受けました。
ーフルリモートでの大学院生活、いかがでしたか?
実は途中から、先ほどお話しした業務委託の仕事に復帰し、働きながら大学院に在籍したので、今思うと結構タフでしたね…!
オーストラリアへ行く予定だったため退職したものの「日本にいるなら戻ってくれば?」と言っていただいて。時には授業の都合で勤務時間を調整してもらうなど、柔軟に対応いただきました。
そんなわけで大学院生活の最後の方は、平日6時間働いたあと、授業の録画をまとめて聴講し、合間にレポートなどの課題をこなす…といったスケジュールでした。
ークイーンズランド大学大学院の授業はどうでしたか?
課題などの指示や評価基準が明確で「いろいろな学生がいるからこそなのかな」と感じました。
印象に残っていることのひとつが、自国の厚生労働大臣宛に手紙を書き、国の課題を提言するという模擬課題です。
この課題には「自国宛が難しい場合、オーストラリア政府宛と仮定すること」という注意書きがあって。政治に関わる発言をすることは、国によっては身の危険を伴う、という点が考慮されていました。
多国籍で、いろいろな人たちの背景を理解しているオーストラリアだからこその配慮だと痛感しました。
このほかにも、学生の出身国に応じて柔軟に対応してくれる場面も多く「これが多様性を認めるということか」と衝撃を受けました。
PV職の仕事全体を知るため、製薬メーカーへ
ー就職活動はどのように取り組みましたか?
大学院の最終学期の休暇を利用しながら、製薬メーカーのPV部門に絞って応募しました。
重視していたのは「メーカー側で」働くこと。
メーカーの委託先で働いて感じたのは「委託先が携わるのは、PV部門の仕事全体の1-2割程度ではないか」ということでした。だからこそ、委託元であるメーカー側で働くことで「残りの仕事を知りたい」と思いました。
ー現在、希望通り製薬メーカーで働いています。実際に委託先との違いは感じますか?
はい、メーカー側に来たからこそ分かることがあると感じますね。
たとえば委託先で働いていたときは、臨床実験の概要が共有され、指示通りにデータを入力して報告書の作成したり、確認したりする役割でした。
一方で今は、なぜそのような実験が行われるのかといった背景や意図、入力したデータがどのように活用されるのかなども知ることができます。
今後はまず、今のPV職をしっかり極められるよう頑張っていきたいです。
オーストラリアで培った、きちんと伝えること&他者を受容すること
ーオーストラリア留学が活きていると感じることは?
相手に何かを伝える際、何となくではなく理由を含めてきちんと伝えるようになったのは、留学の経験があったからかもしれません。
たとえば、クイーンズランド大学大学院のレポート課題では常に「なぜ?根拠は?リファレンス(主張を裏付ける参考文献など)は?」とフィードバックされていました。
この経験からか、私もすぐ相手に「なぜですか?」と聞いてしまう傾向があります(笑)
ー西野さんのようにしっかり確認してくれる方が、人の命に関わるお仕事を支えていると思うと安心できます!
ありがとうございます。あとは、留学を通して他者を許容できるようになった気もします。
今の仕事で外国人とやりとりをすることもありますが、こちらの指示通りになっておらず「なんで伝わらないんだろう?」と思うことも。
でも、留学に行くといろんな人がいますよね。私も、オーストラリアに住んでいた時はアルバイト仲間が多国籍で、いろんな国の人と働いていました。
だからこそ「うん…そっか…そんなこともあるよね(笑)」と、良い意味で諦めるというか、気にしなくなったかもしれません。
行ったらええやん。行って違ったら、帰ってきたらええやん!
留学前は、看護師をはじめ医療関係の世界しか知りませんでした。でも、オーストラリア現地での出会いはもちろん、留学を決めたことが業務委託として働くきっかけになり、その勤務先でもさまざまなバックグラウンドの人と出会うことができました。
こんな風にコミュニティの幅が広がったのは、オーストラリア留学があったからこそだと感じますね。
また、英語を話せることで、日本語よりも多くの人とコミュニケーションをとれる点でも、やはり英語を話せる方が良いと思います。
ー留学を考えている方にアドバイスをお願いします
やりたいことをやったらいいと思います。学校に行きたければ行けばいいし、バイトをしたければすればいい。
「留学してどうする?何になる?」と相談されることもありますが「何にもならんよ!」と思っています(笑)
少し留学したからといって英語がペラペラになる、仕事でもバリバリ活かせるようになる…という人は、それほど多くないのではないでしょうか。
もちろん、目指したい目標があるなら、それなりの計画を立てて頑張った方が良いかもしれませんが…
留学に行ったからには、何かを習得しないといけないと思わずに、留学/ワーホリ行って楽しかった!でええやんと思ってます(笑)行ってみたけどなんか違ったら、帰ってきたらええやんと思っています(笑)
ー興味のあることに飛び込んで得た経験が今につながっている、西野さんらしいメッセージ!ありがとうございました!
取材後記
留学はたしかに大きな投資ですが「何かを得なければ」と気負いすぎると、かえって踏み出せなくなってしまうこともあるかもしれません。
そんなとき西野さんの「ええやん!」を聞くと、もっと力を抜いて自由になればいい、と思える気がします。考えすぎてしまう、頑張りすぎてしまう方に、西野さんの明るいメッセージが届くといいな、と思いました。
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