●永井 隼人(Hayato Nagai)さん
神戸市出身。慶應義塾大学総合政策学部を卒業後、クイーンズランド大学大学院に留学し、School of Tourismで修士課程、UQ Business Schoolで博士課程を修了(PhD取得)。
修了後は、和歌山大学国際観光学研究センター講師を経て、同大学観光学部で講師を務める。

和歌山大学・観光学部の講師として、教育と研究に携わる


―現在のお仕事について教えてください
和歌山大学の観光学部で、講師として働いています。

和歌山大学は、日本の国立大学の中で唯一、学士から博士課程まで観光教育のプログラムを設けていて、英語で観光学を学べるグローバル・プログラム(GP)も提供しています。

実は、日本国内で初めて国連世界観光機関(UNWTO)の教育認証TedQualを取得した学校です。
―国際的に観光を学べる大学ですね。永井さんの業務についても詳しく教えてください
時期にもよりますが、教育と研究が半々くらいです。 あとは学内業務や地域との連携に関わる仕事等もあります。

教育面の業務は、授業や論文指導など。新型コロナウイルス感染拡大に伴い、授業やゼミはオンラインで実施しています。

和歌山大学の観光学部は、和歌山県産の紀州材を使用した木造校舎なのですが、最近はここで講義することもなくなってしまいました…
―素敵な校舎なのに残念です…

ただ、オンライン化が進んだことで、逆にオーストラリア留学時代の仲間との交流が以前よりも活発になったように感じます。

例えば、グローバル・プログラムの授業に、オーストラリアや台湾の大学の先生に参加していただいたり、逆に私も、インドネシアの大学のゲストスピーカーとして参加させていただいたり…

これまでは「いつかね」というやり取りでしたが、オンライン参加がしやすくなったことで「来週の◯◯時に!」という話ができるようになりました。
―海外には行けなくても、かえって距離が近くなる部分もあるのですね。研究面ではどんなことをしていますか?
専門は、観光マネジメント、観光行動論です。

例えば、訪日外国人の旅行中の食事や自然災害に対する意識、オーストラリアに滞在する外国人の危機意識、環境に配慮した行動を観光客に対していかに促すか、というテーマなど。

この専門軸は、オーストラリアの観光研究の影響を受けているかもしれません。

日本の観光研究分野には、地理学や社会学、農学、経済学、経営学、都市計画学など色々な専門をお持ちの方がいます。

一方、私が在籍していたクイーンズランド大学の観光研究は、ビジネス学部の一部ということもあり、マネジメントやマーケティングのようなビジネス関連の研究が身近でした。

その中で、気付けば旅行者に着目し、彼らの行動を通じた研究アプローチをしていました。

オーストリア留学中に知り合った方と共同研究をすることも多いです。

研究者は大学の枠を超えてコラボレーションしますが、私の場合、その相手はオーストラリアの大学の先生や、日本にいるクイーンズランド大学出身の研究者などが多いです。

学生の時に授業を受けていた先生や、一緒に学んだ仲間とご一緒できると嬉しいですし、卒業して終わりではなくコミュニティに入れてもらえていることを実感しています。


―国際的なネットワークがキャリアに活きているのですね
いつの間にか巻き込まれている部分はあるかもしれません(笑)

例えば以前、Springer社から出版されたアジアの若年層旅行者に関する英文書籍の一部を担当しました。

英文書籍というとハードルが高く感じるかもしれませんが、知り合いのオーストラリアの大学の先生から「このテーマで書ける?」と連絡が来て、チャプターを担当させていただいたことがあります。

また、留学関係の方と共同研究を進めると、海外の学術ジャーナルを目指す流れになりやすいです。

日本の観光研究分野は、まだ英語の学術ジャーナルへの掲載が少なく、それはSchimago Institutions Rankingsが発表している世界ランキングにも表れています。

論文数から観光研究分野の国別ランキングを出しているのですが、日本は30位。もちろんランキングが全てではないですが…一般的には、日本は観光研究において外への発信が弱いと言われています。

ちなみにオーストリアは3位です。大学の数が少ないにも関わらず、結構頑張っています。

―観光研究が盛んなオーストラリアで学んだからこそ、永井さんは自然と世界水準の中に身を置いているのだと感じます!

観光に興味を持ち、クイーンズランド大学院に留学

―留学のきっかけを教えてください
学部の卒業後は大学院に進学したいと考えた時、留学が浮かびました。高校生の時に1年間アメリカに交換留学した経験もあり、海外留学にあまりハードルを感じなかったのと、やはり海外に行きたかったのだと思います。国内の大学院は受験せず、海外進学のみ検討しました。

学部では、語学からプログラミングまで幅広く学びました。その中でより深めたい分野があれば進学する学生も多い環境だったので、大学院が身近だったのかもしれません。

―大学院に行きたいと思った理由は?

学部の研究会(ゼミ)を選ぶ際に、観光をテーマに研究をされている先生の研究会を選んだことをきっかけに、この分野をもう少し勉強したいと思ったことです。

もともと旅行が好きでしたし、当時、ビジット・ジャパン・キャンペーン(2003年に小泉内閣が訪日観光客を増やす方針を打ち出し発足)などで、日本で観光が注目され始めたタイミングで、興味がありました。

当時の訪日観光客の受け入れ数は年間約500万人。外国人観光客が少ない状況でした。新型コロナウイルス感染拡大直前は3000万人を超えていたことを考えると、当時のインバウンドの規模は今の6分の1程度です。

今後の日本経済にとって観光が重要だという論調や、インバウンド成長のためにどうすれば良いかという問題意識などが学部の授業でも取り上げられていました。


―進学先としてクイーンズランド大学院を選んだ理由は?
英語圏の大学院を調べる中で、クイーンズランド大学の観光研究がアクティブだと感じたからです。

クイーンズランド大学の観光研究プログラムは、オーストラリア国内で一番古く、UNWTOのTedQualも取得しています。

また卒業生には、著名な観光研究の学術ジャーナルの編集長がいたり、留学前に観光関係の本を読んでいた時も、著者がクイーンズランド大学の先生ということがあったりしました。

ちなみにShanghai rankingという世界の大学ランキングのホスピタリテイ・観光マネジメント分野で、クイーンズランド大学は2018年に世界3位にランクインしています。2020年版のランキングでは少しランキングを下げてしまっていますが、この分野の研究を世界でリードしている大学の1つです。

こんな風に、クイーンズランド大学の観光学には、歴史もネットワークもあります。
―すごい大学なのですね。通っていたのに知らなかった…
それに、学生もすごいと思いますよ!学部の時から学術ジャーナルの論文を読んで勉強していますから。「こんなに読まされて嫌だなー」と思うかもしれませんが、実は、その分野の最新情報を得ているということなのです。

―たしかにどの授業でも毎回リーディング課題があったり、学術ジャーナルを読んで論文を書いたりしていましたが…それほど価値があったとは!

修士から博士課程へ。クイーンズランド大学でチューターも

クイーンズランド大学には修士課程で2年間、その後博士課程で約4年間在籍しました。
―博士課程への進学のきっかけを教えてください
学部の時に先生方の姿を見て、研究者に興味を持つようになりました。先生方との距離が近い大学だったので、自分の専門を持って突き進む姿勢を間近で見ていました。

その後、大学院で論文を執筆する際、スーパーバイザーとの1対1のコミュニケーションが増え、博士課程についても話題に上がる中で進学を決めました。

スーパーバイザーからは「教える経験をした方が良い」とアドバイスを受け、博士課程に在籍中は、クイーンズランド大学でチューターとしても働きました。

大人数の授業は、全体講義とチュートリアル(グループに分かれて少人数で学ぶ時間)がセットになっていることが多いです。私は、多い学期ではチュートリアルを週5コマ、約100人の学部生を担当していました。

この経験は、教え方や課題の評価方法などの様々な面で、現在の教育の仕事に活きていると思います。

それから、英語力はこの時期に一番伸びたかもしれません。

各国からの留学生はもちろん、現地の学生も出身地域によって英語のアクセントが異なります。そんな様々なアクセントを持つ学生から色々な質問をぶつけられるので、耳が鍛えられました(笑)

卒業後は、学生時代からの交流のあった和歌山大学へ


―卒業後のキャリアについて教えてください
お声がけいただける場所があれば、日本やオーストラリアに限らずどこへでも行けたらと考えていたところ、ちょうど卒業のタイミングで、和歌山大学の国際観光学研究センターが研究者を募集していることを知り応募しました。

もともと和歌山大学とは、博士課程に在籍していた時期から交流がありました。

博士課程では、学会に参加したり、発表したり、自分の大学がホストの場合はボランティアとして働いたりする中で、国内外の大学の研究者と知り合う機会があります。

研究者はこのようにして、大学の垣根を越えたネットワークを築きます。

そうした環境もあり、海外の大学との連携や英語のプログラムに和歌山大学が積極的であるという話は当時から聞いていました。

そして、英語圏の大学の観光教育について教えてほしいとお声がけいただき、和歌山大学内の勉強会の講師を務める機会などもありました。
―和歌山大学の取り組みと永井さんのご経験がマッチしていたのですね!
ありがとうございます。卒業後、まずは国際観光学研究センターの講師に着任し、その後、観光学部に異動して今に至ります。

―国際観光学研究センターと観光学部のお仕事に何か違いはありますか?
前者は研究の比重が大きく、研究プログラムの立ち上げや海外とのネットワーク構築なども行ないました。

授業も担当していましたが、学部に移ってからは、学生と接する機会がより多くなったと感じますね。

留学は終わった後に活きる。国際的なネットワークを築けるオーストラリアの大学


―これからやりたいことは?
クイーンズランド大学の出身者や先生方との新たな共同研究の予定もあるので、今後もしっかり進めていきたいです。

今、こうして留学の繋がりでお仕事をさせてもらう中で、留学は終わった後に活きると感じています。

クイーンズランド大学では、研究者としての繋がりを培うことができました。

中国、韓国、台湾、シンガポール、マレーシア、タイ…各国の人がオーストラリアに集まり、卒業後は母国の大学などでそれぞれが活躍しているので、コラボレーションがしやすいです。

色々な人が集まり国際的なネットワークを構築できるところも、オーストラリアの大学の良さだと思います。

正規留学が難しくても、世界に旅立つ方法は色々ある

留学はおすすめですし、ぜひオーストラリアにも行ってほしいですが、様々な事情で難しいという方もいるでしょう。

そんな時は、日本の大学からの交換留学はもちろん、日本にいながらでも海外への道は開けていると思います。

例えば、最初にお話しした和歌山大学のグローバル・プログラムのように、英語で専門科目を学ぶ方法。外国出身の先生が開講する授業を受けることもできます。

和歌山大学のような国立大学は学費が安いので、正規留学よりもリーズナブルに海外と繋がることが可能です。
―クイーンズランド大学で教えていた永井さんも授業を開講していますし、海外の大学と同じレベルの授業を受けるチャンスがありますね。和歌山大学の観光学部、楽しそう!
ありがとうございます。皆さんには世界に飛び立ってほしいですが、その飛び立ち方には色々な方法があると思いますよ。

取材後記

研究者の目線から伺うクイーンズランド大学のお話はとても新鮮で、学習環境の良さを改めて感じました(留学中は日々の課題をこなすことに精一杯で気付きませんでしたが…)。
また印象的だったのは、インタビューの前、学生たちが永井さんの研究室で楽しそうに卒論の準備をしていたことです。教育者としての永井さんの温かさを感じ、「色々な方法で世界に旅立ってほしい」というメッセ―ジが心に残りました。

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