●小野ちひろ(Chihiro Ono)さん
鉄鋼関連商社で働いた後、メルボルンへ。RMIT大学院で通訳・翻訳を学ぶ。卒業後は外資系不動産関連企業を経て、フリーランスの通訳・翻訳家として働く。韓国在住。
日々勉強が欠かせない。奥深い通訳・翻訳家の仕事
―現在のお仕事について教えてください
韓国に住みながら、通訳・翻訳家として働いています。
もともとフリーランスとして、レーザーなどの理系ジャンルを中心に、業界向けのWeb記事の翻訳などを請け負っていました。
今は韓国の会社に所属して、英語学習アプリの翻訳に携わっています。このアプリは世界展開していて、私は動画コンテンツや英語学習スクリプトを日本語に翻訳しています。
―幅広く通訳・翻訳のキャリアを積まれているのですね
ありがとうございます。翻訳といってもいろいろなジャンルがあり、それぞれ求められることが違うので毎回チャレンジングです。
たとえば、業界向けのWeb記事はパソコンで読まれることを前提に翻訳していました。パソコンは画面が大きいので、長い文章も目で追うことができます。
一方、アプリのコンテンツのようにスマートフォンで見る翻訳は、短い文章のほうが頭に入りやすいのではないでしょうか。
また、動画用の字幕翻訳も、今の英語学習アプリの仕事を通して初挑戦しています。すっと頭に入るよう、わかりやすく短い言葉で翻訳することを心がけています。
ー通訳・翻訳の世界、奥深いです…!
そうなんです!ある翻訳の先生から言われて印象的だったのは「英語で書かれているものを読んだ人と、日本語で書かれているものを読んだ人が、同じ絵を浮かべられるように翻訳しなければいけない」ということ。
通訳・翻訳の仕事は、単純な単語の変換だけではなく、微妙な文脈やニュアンス、文化的背景を含めて齟齬がないよう訳して伝えることだと思います。
また、業界の専門家が聞いたり読んだりして違和感のないように訳すことも大切です。
そのために私も、担当する業界の本を買って勉強したり、翻訳学校のオンラインコースを受けたりしています。
さらに、言語は時代と共に変わるので、日本語と英語にアンテナを張って意識的にアップデートし続けないと、長く続けられない仕事だと思います。
私は今でも日本語力を磨こうと、日本語の文法の本などを、日本から取り寄せて読んでいます。
ー日々の勉強が欠かせませんね。ところで、小野さんはオーストラリアの大学院で通訳と翻訳を両方勉強されています。それぞれの違いは何か感じますか?
通訳では、その瞬間のリズムや流れ、雰囲気が大事なので、反射神経が求められるのかなと思います。
私はたまたま英和翻訳の仕事が多くなりましたが、1人で黙々と向き合う翻訳の仕事は好きですね。かちっとハマる翻訳をできたと感じる瞬間が嬉しいです。
昔から本が好きで、小学生のときに作文大会で何度か受賞したり、俳句や文章が掲載されたりしたことも、親和性があるかもしれません。
メルボルンのRMIT大学院へ社会人留学
ーオーストラリア留学前は働かれていたのですよね?
はい。留学前は鉄鋼関係の商社で働いていました。
もともと英語が好きで、英語を使った仕事に携わりたいと思っていました。
両親の仕事の関係でタイで生まれ、小さいながらにタイ人と日本人の通訳をした経験や、英語の授業での外国人の先生との交流を通して、英語の楽しさを感じました。
そして大学生のとき、ブリスベンにあるクイーンズランド工科大学へ1年間語学留学。気候などの環境も含めてオーストラリアを好きになり、いつか住みたいと思いました。
その後日本で就職しましたが、社会人になってからもオーストラリアのことを調べていて。
当時は通訳・翻訳の仕事で永住権を取得しやすかったことから、オーストラリアでの永住権取得をめざして、働きながら通訳学校に通い始めました。
しかし、なんとその途中でビザの規定が変更になり、永住権の取得が難しくなってしまって…
そんな風にこれからどうしようと考えていた矢先、東日本大震災が発生。
この出来事をきっかけに「このままでは終われない」「永住権は取れなくても良いから、自分の好きなオーストラリアで、やりたかった英語を学ぼう」と思いました。
そこで会社を退職し、NAATI(National Accreditation Authority For Translators and Interpreters、オーストラリアの通訳・翻訳資格認定機関の略で、国家資格を認定する)取得をめざしてオーストラリアへ。一度行ってみたかったメルボルンを選びました。
NAATI取得のためには指定のコースを修了する必要があるので、メルボルン内で条件を満たし、シティにありアクセスしやすかったRMIT大学院へ進学しました。
ーオーストラリア留学中、印象に残ったことを教えてください
「(通訳・翻訳は)少し英語ができるからやってみよう」という気持ちでは成り立たないと感じましたね。
現地に長く住んでいる人も苦労している人が多かった印象でした。
まず、英語を学ぶ場所ではないので、日本にいるうちにできる限り英語力を高めて留学しないと苦労します。
また英語力はもちろん、日本語力も重要です。
助詞が1つ違うだけで違和感のある文章になってしまいますし、特に翻訳は、文章が世に残るので気を付けないといけません。
そのため、英語だけではなく日本語のニュースを読むなど、普段から日本語に触れることも大切です。
私自身、オーストラリア留学中はかなり勉強しました。そうだ、これは留学中に使った教科書なんですけど…
ーどのページにも書き込みがびっしり…!
はい、これだけとってあるんです。このぼろぼろの教科書を見て「私、あのときこんなに頑張ったんだ」と思い出せるように。
このときの経験が糧になっていますし、やりたいことだからここまで頑張れるのだと思います。
ちなみに、生活面でのアドバイスは…「為替レートを把握した方が良い」です!
私はお金を貯めて留学したはずだったのですが、為替が急激に円安になってしまって。
一時は家賃の支払いも危うくなり、社会人時代の服を売ったことも…
ー今となっては思い出と言えるかもしれませんが、大変なご状況だったのですね…
はい。あの経験があるからこそ、今ものを大事にしているのかもしれません(笑)
オーストラリア留学後、通訳・翻訳家としてキャリアを築く
ー就職活動について教えてください
在学中からいろいろな就職サービスに登録していたところ、外資系エージェントからの紹介で、不動産関連会社の通訳・翻訳家として働くことになりました。
ー念願の通訳・翻訳家としてのキャリアが始まります。いかがでしたか?
通訳・翻訳のためには業務の内容を理解している必要がありますが、不動産業界未経験の私は、最初は苦労しました。
外資系の会社で帰国子女の社員も多かったため「みんな日本語も英語もできるのに、私って必要なのかな?」と思うことも。
でも「業界の専門家になる」という意気込みで、わからないことは周りに聞いたり、自分で単語帳を作成したりしながら仕事に取り組みましたね。
その後、結婚と同時に韓国へ移住したことを機にフリーランスへ転身しました。
ーこれからやりたいことは?
医療通訳に挑戦してみたいです。
私自身が韓国の病院にかかったとき、言葉がわからず大変な思いをした経験があるので、同じような不安を持つ方の力になりたいと思います。
もともとは「英語が好きだから」という理由でこの職業につきましたが、最近は「人のために通訳・翻訳をしたい」という気持ちも加わりつつあります。
自分は自分でいい。パッションと行動力で、道は拓ける
ー小野さんにとって留学とは?
自分を助けてくれたもの、でしょうか。
同調圧力などと言われることもありますが、私自身、日本にいたとき「私は私ではいけないの?」という違和感を抱くこともありました。
でも、オーストラリアには本当にいろんな人がいます。そのなかで「人と同じである必要はなく、いろんな考えを尊重すれば良い」「自分は自分で良い」と思うことができました。
その意味で、留学を通して視野が広がり、日本に留まっていたら見えなかったもの、できなかった経験に触れることができたと思います。
私が20代後半で社会人留学を決めたとき、周りから「本当に行くの?」と言われることもありました。
ー20代後半って「守りに入らないといけない」と感じやすいのではと思います。仕事とプライベートを逆算すると時間がない気がして、私も焦ることが…
そうですよね。でも、自分のパッションと行動力で、道は拓けると思います。そして、周りの目は関係ありません。
留学して後悔している人は、私のまわりには1人もいません。少しでも留学したいという気持ちがあれば、ぜひ行ってほしいです。
取材後記
柔らかく、かつ芯の強さを感じるしなやかさが素敵だった小野さん。自分の気持ちに正直に突き進み、キャリアを確立されたお話は「いつでも挑戦できる」と背中を押してくれるようで、勇気をもらいました。
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