●成澤 豪(Go Narisawa)さん
北海道出身。日本の大手人材関連企業を退職後、パースへ。西オーストラリア大学院でMBAを修了し帰国、テクノロジーサービス・コンサルティング関連会社で新規事業開発に携わる。

社長直轄の新規事業開発担当として働く

―現在のお仕事について教えてください
当社では日本の生産性向上を目指して、AIやIoT、ビッグデータなどの最新テクノロジーを活用した様々なデジタルソリューションや人材育成事業を中心に行なっております。

僕は、社長直轄の新規事業開発担当として、新規ビジネス開発やアライアンス推進など様々なことを担当しております。簡単に言うと、新しいことに挑戦をする何でも屋のような役割です。

最近では、日本未進出のアメリカのサイバーセキュリティ関連企業とのパートナー契約締結を担当し、今後の日本市場進出を支援します。
―もともと事業開発に興味があったのですか?
そうですね、学生時代には友人たちとお店を運営した経験もあります。ちょうどサイバーエージェントの藤田社長やホリエモンのような若い起業家が注目され始めた時期で、憧れる人が多い時代でもあったので。

新卒から留学するまでに働いていた会社でも、最初は営業部に所属していましたが、4年目から新規事業に携わるようになり、退社までの数年は新規事業開発部で新しいサービスの立ち上げを担当していました。

「パースに住みたい」花形キャリアから一転、退職してオーストラリアへ


―花形部署でのキャリアからMBA留学。眩しいご経歴です…!
そんなに綺麗なものではなく、実は、最初から何か強い志のようなものを持って留学したわけではありません。単純に「パースに住みたい」と思い、渡豪したことが始まりです。

大学生の時、NPOのボランティアで3ヶ月間パースに滞在しました。綺麗な海のある景色や街の雰囲気が好きで、いつかパースに住むことが、人生の夢の1つになりました。

とは言え、その後就職し、目まぐるしく働くうちに10年が経ちました。素晴らしい環境に恵まれ、仕事は楽しかったものの、新規事業に携わり、当たり前ですが、毎日は自分の思い通りに物事が進むわけはなく、肉体的にも精神的にもハードだなと感じるようになっていました。

そんな中、忙しくて2年間実現しなかった遅い新婚旅行でパース旅行へ。「あーやっぱり良いところだな。住みたい。」と改めて感じましたね。ただそのテンションで日本に帰ったら、4泊6日の旅行なのに、メールの送受信をすると1,000件近いメールが来ていて一気に現実に戻されました…

そのうちに「もういいんじゃないか、そろそろパースに住もうかな」と(笑)

とりあえず「会社を辞める、そしてパースに引っ越す」ということだけは決めました。仕事のことや家族のことは一旦置いておき、そこだけは即断しました(もちろん妻にはきちんと相談しましたが)。永住を目指しても良いし、日本に戻りたくなったら帰国すれば良い。住んでみないと分からないので、その後のことはパースで暮らしながら考えようと思いました。

現地で西オーストラリア大学院を知り、MBA留学を目指すことに


―パースでの生活について教えてください
学生ビザで入国したので、まずは語学学校に通いました。まずは英語を身に付けないとどうしようもないと思っていたので。ただ、最初の1ヶ月くらいは新鮮でしたが、だんだん物足りなさを感じるようになりました。
―それまでご活躍していたビジネスの世界と比べると、刺激が少なそうです
そこで地元のビジネスを知ろうと、スタートアップ企業の会合などに足を運びました。その中で、ビジネスレベルの英語を身に付けて現地のビジネスの中に入るためにも、進学しようと思うようになりました。まずはローカルのビジネスマンと対等に渡り合えるレベルになりたいと。

調べていくうちに、たまたま見つけたのが西オーストラリア大学院。世界大学ランキング100位以内、かつGroup of 8であることを知り「パースにこんなところがあるならちょうど良いじゃん」と、安易な気持ちでMBAの説明会に行くことにしました。

この説明会が、忘れられない思い出になりましたね。僕は語学学校の帰りで、Tシャツにリュックという格好だったのですが、周りはギラギラしているビジネスマンばかり。駐車場には参加者たちの高級車が並び、ワインを片手に「現在、部下は100人いて、今後経営陣に入るためにはMBAが必要なんだよね」というようなとてもハイレベルな話が飛び交っていて衝撃を受けました(笑) 自分は日本から来て3ヵ月で、英語もよく分からずに語学学校に通っている…とは恥ずかしくて言えなかったです。

西オーストラリア大学院は、意欲の高いパースのビジネスマンが進学を考える場所。既に役職もあって年収も高い人たちが、さらなるキャリアアップのためにMBAを必要として通う学校だったのです。

ただ僕は単純な性格なので、「あー求めていたのはこれだわ。これくらいがちょうど良い。よし!ここを目指そう」と思い、オーストラリア留学センターに相談しました。そこで入学のためにIELTSのスコアが必要なことを知り、勉強を始めました。
―その半年後に入学するとはすごいですね…
6回ほど受験しましたが、ギリギリでしたね。西オーストラリア大学院のMBAに入学するにはIELTS7.0が必要ですが、なかなか6.5からスコアが上がりませんでした。

ビザの期限も迫ってきていたので「入学できなかったらどうしよう」と思い、大学院へ直談判にも行きました。アポイントメントを取って、ビジネススクールの事務局のトップの方にお会いし、「IELTSのスコアは足りないけれど入学させてほしい。そもそも0.5の差に何の意味があるんだ。MBAのサイトを見ると、今後イノベーションを起こす人材がどうこう書いているのに、こんなルールを守るような人が欲しいのか、イノベーターが欲しいのかどっちなんだ!」と。前日にきちんと英語のスクリプトを暗記していたのですが、話しているうちにイライラしてきてそんなことを言っていました。今思うと頭のおかしい人ですが(笑)
―交渉次第で何とかなりそうな、ならなさそうな(笑)大学院側の回答は…!?
「確かに、日本から来たばかりのあなたにはIELTSのこのスコアはアンフェアかもね」という同情はいただき、最後に受けたIELTSの結果が2週間後に発表されるタイミングだったので、その結果を踏まえて、仮にスコアが足りていなくても、検討するという約束をしてもらうことができました。

そのスコアがまさかの7.0で、結局入学できたのですが、あの直談判は何だったんだという…(笑)

タフな世界で感じた孤独と、教授からの喝


―留学生活について教えてください
一言で言うと、タフな世界だと感じました。

クラスメイトはもちろんネイティブばかりで、僕が知る限り、学生ビザの外国人は僕だけでした。職業も、大企業のマネージャー以上の役職者、弁護士、医者、起業家など。フレンドリーではありますが、皆、自分の時間を削って、高額な学費を支払い、ビジネスのために来ています。彼らが求めているのは良い成績やコネクションで、あまり価値がないと判断されれば相手にされない環境です。

半年前にパースに来たばかりの僕は、最初は萎縮していました。相手の英語を聞き取れないことが怖くて議論で意見を言えず、授業での発言も最低限。

寡黙で、肩書もない当時の僕に話しかける人はなく、やめたくなるくらいの孤独を感じたこともありました。

そんな時、ある教授とフィードバック面談がありました。MBAでは、発言などクラスへの貢献点が成績の30%近くを占める授業が多く、その貢献点についての面談でした。そこでいきなり「君は何のために授業に参加しているんだ?全然君のキャラクターが分からない」と言われました。

そして、正直に「クラスメイトの英語が早すぎて分からないことが多く、議論に参加できない」と伝えると、教授は驚いていました。僕が分かっていないということすら、教授は気付いていなかったのです。

そして「君の英語が上手いかどうかなんて、誰も気にしていない。この学校のMBAに入学して、今ここにいる時点で君は十分スマートだ。Get out of your comfort zone!」と喝を入れられました。

そこから変わりましたね。「周りにどう思われていようが関係ない。嫌われても良い。与えられた課題の中で、自分の価値を発揮できるように全力で頑張るだけ」と割り切ることができるようになりました。

「ものづくり」から「仕組みづくり」へ。日本社会へ、日本企業に貢献したい

―卒業後の進路について教えてください
努力をすれば、そのままオーストラリアに住むこともできたとは思いますが、日本で働くことに決めました。この決断は、西オーストラリア大学院の影響が大きいです。

授業のケーススタディでは、トヨタやユニクロなど日本企業が題材になることもありました。日本人として、日本企業が取り上げられるとやはり誇らしく、「少子高齢化で日本の未来は暗い」「生産性が低い」など色々言われてはいますが、日本も捨てたものではないと感じました。そして特に、日本企業に仕組みで貢献したいと思うようになりました。

西オーストラリア大学院での学習と現地での生活を通じて、日本人の本当のアドバンテージは、昔から言われている「ものづくり」ではなく、実は「仕組みづくり」なのではないかと思うようになりました。

例えばトヨタが本当に優れているのは、カンバン方式のように、ルールや仕組みを作ってきたことで、車を作る技術だけではないということです。これは、真面目で抜け漏れがなく、細部まで注意が行き届く日本人ならではだと感じるようになりました。

西オーストラリア大学院卒業後は帰国し、就職活動を行いました。ビズリーチなどの転職サイトを利用して、オファーをいただいたところや成長性のあるメガベンチャーの新規事業開発部門、コンサルティング会社などを検討しました。

ただ最終的に入社したのは、別のご縁があった会社です。

何気なく送ったFacebookのメッセージが、たまたま入社のきっかけに

留学後に入社したのは、実は新卒の時に一番入りたかった会社です。当時は10人規模のドベンチャー企業でしたが、面接でお会いした副社長(現社長)と一緒に働きたくて、新卒採用選考に落ちた後、交渉をして2度目のチャンスをもらったほど。ただ、その時はご縁がありませんでした。

それから10年以上が経ち、西オーストラリア大学院留学中のこと。ある日何気なく日本のニュースをチェックしていると、その会社がマザーズから東証一部に鞍替えをしたというニュースを目にしました。

あの時の副社長は社長になっていて、純粋に憧れのビジネスマンに「会ってみたい」と思いました。どうにか連絡を取れないかと、検索してみたりしたところ、Facebookアカウントを見つけてメッセージを送りました。すると思いがけないことにすぐに返信が来て、いつか日本に帰国をされた際は会いましょうと言ってくださいました。

そして、西オーストラリア大学院を卒業し、帰国した際にまた連絡をして、会社でお会いすることになりました。ずっと憧れていた人に会うので、ものすごく緊張しましたね。就職活動の面接では一切緊張しないのに(笑)

お互いにこの10年間くらいの話や雑談をして、帰り際、たまたま僕が就職活動中だという話になると、なんと「うちじゃだめですか?検討してください」と。

軽い挨拶のつもりで伺ったので、本当に驚きました。何より、新卒の時にどうしても入れてくださいと頼んでも断られた会社から、まさか一緒に働きましょうと言ってもらえるなんて、夢のようなありがたい話でした。
―運命的なエピソード…!これからやりたいことは何ですか?
新しいことに、誰よりも貪欲に挑戦したいですね。新規事業開発は。想像通りにいくことの方が稀で、日々予想外のことや失敗の繰り返しだと僕は思っています。だからこそスピード感を持って、挑戦する母数を増やすことが大切だと。何が上手くいくかなんて誰も答えは持っていないので。

そして会社にとって、日本社会にとって、良い事業を1つでも多く生み、お客様のためになる新しい仕組み、サービスを世の中に提供していきたいです。

自分の価値をどこで発揮するか、その空間にいる意味をいかに見出すか

―留学が活きていることは?
「自分の価値をどこで発揮するか」ということを強く意識するようになった点です。

繰り返しになりますが、西オーストラリア大学院のMBAは、自分の価値を発揮しなければ存在する意味がないとみなされてしまうような世界でした。

例えば、クラスでのグループプレゼンテーションなどで、僕は、スライド作りに自分の価値を見出し、アピールをしました。喋りではネイティブにかないませんが、プレゼンテーションのスライドの論理展開、シンプルなビジュアル化には自信がありました。そこで、喋らなくてもプレゼンテーションにおける重要なポジションとして、価値を発揮できる場所を自ら作りました。

またクラスメイトは日々忙しいので、面倒なスライド作成をやりたがる人は基本的にいません。チームメイトからすれば、一番面倒な作業を「俺やるよ」と第一声で言う僕を便利に感じたと思います。

今の仕事もMBAと同じく、基本的には誰からも何も指示されません。だからこそ、その空間にいる意味を自分で考えて、最大限の価値を見出し、実行する必要があります。こうした意識は、留学を通してより一層強くなりました。

‘Brave Makes the Future’一歩踏み出せば何かが変わり、未来が開ける

―これから留学を考えている学生にアドバイスをお願いします
本当に行きたいなら、とっとと行けばいいと思います(笑) もはやこの記事を読むのを今すぐやめて、具体的な方法を調べて、実行した方が良いと思うレベルです。

僕の好きな言葉は’Brave Makes the Future’。少しの勇気で一歩踏み出すことで、何かが変わり、未来が開けます。上手くいくかどうかは分かりませんが、今そのままの状態でいるよりは何かしらの変化は起きます。

僕自身、今の会社に入ることができたのは、好奇心の向くままに社長にメッセージを送ったことがきっかけです。もしあの時、ニュースを見て「ふーん」で終わっていたら、今の僕はありません。

実は、初めてパースに行った経緯も似ています。学生時代にパースのNPOでボランティアをしたとお話ししましたが、これも、たまたま見つけたNPOのwebサイトに興味を持ち、メールで問い合わせたら返事が来たからです。
―メールを送らなければ、パースに行くことも、西オーストラリア大学院に留学することもなかったかもしれないのですね…!
時には失敗するかもしれませんが、待っていても、誰も何もしてくれません。だから、やらない理由をあれこれ考える時間があるなら、できる理由をひとつ考えて、勇気を持って1ミリでも前に進めば良いと思います。

取材後記

成澤さんのように、厳しいビジネスの世界を肌で感じる留学は、いわゆる一般的な「楽しい大学生活」ではないでしょう。でも社会人になって、そういう場所で鍛えられることの大切さを痛感しています。
そして’Brave Makes the Future’を体現しすぎている(!)成澤さん。数々のエピソードを聞くうちに、私自身もっと行動できるのではないかと勇気が湧いてきました。迷った時は成澤さんを思い出すと、一歩踏み出せそうです。

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